大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3223号 判決 1964年7月02日
原告 国
訴訟代理人 川村俊雄 外五名
被告 早川市次郎
主文
訴外阪南礦油株式会社が昭和三四年一二月三〇日被告に支払つた金一、〇一〇、〇〇〇円の弁済行為を金七七八、六三九円の範囲で取消す。
被告は原告に対し、金七七八、六三九円ならびにこれに対する昭和三七年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一、本訴申立
「訴外阪南礦油株式会社が昭和三四年一二月三〇日被告に支払つた金一、〇一〇、〇〇〇円の弁済行為を金九八四、五三四円の範囲で取消す。
被告は原告に対し金九八四、五三四円ならびにこれに対する昭和三七年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」
二、事実上の主張
(一) 原告代理人の陳述
1 原告は訴外会社に対する債権者である。
訴外阪南礦油株式会社(以下訴外会社という)は別表の(一)明細のとおり法人税等を滞納しており、昭和三四年一二月三〇日当時すでに別表一、の(二)、(三)明細のとおりの租税債務を負担していた。
2 詐害行為の存在。
(1) 訴外会社の被告に対する弁済行為
訴外会社(昭和三四年九月一九日解散)は昭和三四年一二月三〇日被告に対し、借入金返還の名目で金一、〇一〇、〇〇〇円を支払つた。
(2) 訴外会社および被告の悪意と訴外会社の無資力
訴外会社は昭和三十二年八月八日石油、石油製品の卸小売および一般食料油類の販売を目的として設立された資本金一〇〇万円の法人であるが、事業不振のため三四年九月一九日株主総会の決議により解散(登記同年一〇月五日)し、清算人に被告および訴外多々羅芳昭(以下訴外人という)が同日就任し、それぞれ代表清算人となつたが、被告が同年一二月一〇日辞任(登記三五年一月二九日)したので、以後清算人は訴外人だけとなつた。
ところで訴外会社は三四年九月一四日より園部税務署の法人税調査を受け、以後当時の代表取締役(つゞいて代表清算人)であつた被告と経理担当者であつた訴外人は再三右税務署に出頭し、事情聴取、訴外会社の所得金額調査を受け、被告はさらに自宅についても調査を受けた結果、同年一二月二八日にいたり、訴外会社の設立時から昭和三四年三月三一日にいたる二事業年度について法人税脱税のための更正決定を受け、同決定通知書は遅くとも同月二九日に訴外会社に送達された。
しかるに訴外会社は被告に対し借入金返還の名目で前記の(1) ほか、
(イ) 昭和三四年一〇月二一日 金二〇〇、〇〇〇円
(ロ) 一二月一八日 金一〇〇、〇〇〇円
(ハ) 昭和三五年一月二〇日 金六八、〇〇〇円
(ニ) 三月三日 金三二、〇〇〇円
と合計金一四一万円を支払つている。これはいづれも被告が訴外会社が法人税調査を受け相当多額の課税を余測するやただちに訴外会社を解散し、代表清算人の地位を利用し、また辞任後は被告会社の使用人であつた訴外人と通謀して、近く確定することを知悉していた法人税の更正賦課およびこれに伴う滞納処分を免れるために行つたものである。
そのため訴外会社の資産は不良売掛債権だけとなり、実質的に無財産となつたので、原告が訴外会社に対して有する租税債権の徴収は不能となつたものである。
(3) 本件租税債権の成立と詐害行為取消権について、
本件租税債権の納期限が昭和三五年一月二八日であつたところから、被告は本訴取消請求の基礎たる保全債権が被告の弁済行為当時発生していなかつたから取消を請求できない旨主張する。
しかしながら原告の保全債権は昭和三二年八年八日から三四年三月三一日までの二事業年度の法人税であつて、租税債権については課税事業年度開始の時から時々刻々課税の基礎たるべき事実が積み重ねられており、しかも同債権の内容や範囲は法律によつて定められていて、課税要件を充足すれば当然当事者の何らの行為をまたずに租税義務が発生するものであるから、右事業年度の終了とともに法律上保全債権は成立しており申告、更正などはその具体的な数額の確定手続にすぎない。
なお過少申告加算税は賦課課税の方式により税額が確定される附滞税であるが、過少申告のなされた時に法律上当然に発生しているものというべきある。また旧利子税、旧延滞加算税および延滞税は国税納付の遅延期間に応じて課せられる付滞税で、本税が滞納者の行為よりも前に発生している以上債権発生の基礎がすでに存在しており、債務の発生が当然予想されるから付帯税自体の発生時期を論ずるまでもなく租税債権の性質上取消権を行使する保全債権たる得るものである。
(二) 被告代理人の陳述
(一) 原告主張事実についての認否
被告がその名義において第三者から融資を受けた金員を訴外会社に貸与していたことおよび三四年末頃、いくばくかの返金を訴外会社から受領したことは認めるがその余の主張事実を争う。
被告会社の被告に対する本件弁済行為は債務の本旨に従つた弁済であつて訴外会社、被告に悪意はなく、訴外会社の総財産額に増減を生ずるものではないから詐害行為とはならない。
またそもそも、原告が保全債権と主張する租税債権はその自認するように本件弁済行為の後である三五年一月二八日を納期とするものであつて、右弁済行為当時未成立であり、詐害行為取消の保全債権とはなし得ないものである。
三、証拠<省略>
理由
一、本件各証拠を総合すると、当事者の主張の範囲内で次の事実が認定できる。
(一) 訴外会社の租税債務
訴外会社は昭和三四年一二月三〇日現在において別表二の(一)、明細の更正決定による租税債務を負つていたが右債務自体はその後の一部収納充当により現在別表二、の(二)明細のとおり残存している。
(二) 訴外会社の被告に対する弁済行為。
訴件会社は右同日被告に対し借入金返還の名目で金一、〇一〇、〇〇〇円を支払つた。
(三) 右弁済行為当時における訴外会社、被告間の事情
(1)、訴外会社は昭和三二年八月八日石油、石油製品の卸小売および一般食料油類の販売を目的として設立された資本金一〇〇万円の法人で、代表取締役であつた被告が名実ともに主宰する個人営業のいろあいが強い企業であつた。
(2)、ところで訴外会社は事業不振を理由として三四年九月一九日株主総会の決議により解散(登記同年一〇月五日)し、被告および被告会社の経理担当の使用人であつた訴外人が先ず代表清算人となつたが被告は同年一二月一〇日辞任(登記三五年一月二九日)したので以後清算人は訴外人だけとなつた。
(3)、訴外会社は前示(一)認定の租税債務発生の各事業年度(三二年八月八日から三三年三月三一日まで、および三三年四月一日から三四年三月三一日まで)の青色申告を取消され、右解散決議前である三四年九月一四日頃より園部税務署員の法人税調査を受け、以後被告と経理担当の訴外人は再三右税務署に出頭して事情聴取訴外会社の所得額調査を受け、被告はさらに自宅においても調査を受けた結果同年一二月二八日前記二事業年度につき法人税脱税のための更正決定となつた。
(4)、右更正決定の通知書は同月二九日頃に被告会社に送達された。
(5)、右二事業年度の訴外会社の所得金額には三二年度につき一、二一〇、〇九八円の申告洩れがあり、三三年度については欠損の申告にかかわらず九八一、九五四円の所得があり右所得金額についてそれぞれ所定の率により本件更正決定がなされた。もつとも被告会社は右更正決定について不服の申立をしていたが、その後取下げている。
(6)、前示(二)の弁済行為は被告のたつての意向にそつて清算人である訴外人がやむなく、当時訴外会社にあつた現金、当座預金の全額をはたいて支払つたものである。
(7)、右弁済の外、訴外会社は同様に被告に対し、左のように貸付金の返済をしている。
(イ)、三四年一〇月二一日 金二〇〇、〇〇〇円
(ロ)、三四年一二月一八日 金一〇〇、〇〇〇円
(ハ)、三五年一月二〇日 金六八、〇〇〇円
(ニ)、三五年三月三日 金三二、〇〇〇円
(8)、右弁済のため、訴外会社の資産は残るところ事実上回収不能な事故乃至不良売掛債権だけとなり、原告が訴外会社に対して有する租税債権の徴収は不可能に近い状態となつた。
二、詐害行為の成立、
前項(三)の(1) 乃至(3) の事実をあわせて考えると、(二)の弁済行為は、債務者である訴外会社および受益者、被告に(一)の債務を免がれようとする、あるいは少くとも租税債権の取立が害されることの認識があつて通謀して行つたものとするのが相当である。
本来一部債権者に弁済することは、抽象的には債務者の総財産額に増減を生じないこと、また破産手続による債権者平等の原則の保障があること、などから原則として詐害行為にならないとも考えられるけれども現在における国内の一般経済流通の規模、社会的な破産手続の実効性法人とはいうもののその運営、利益の帰属などにおいて個人企業とさして変らない訴外会社の実体などからして、右認定のような一部債権者と通謀して他の債権者を害する認識のもとに行つた弁済は詐害行為となると解すべきである。
三、保全債権の成立とその範囲。
ところで詐害行為取消権は債権の効力として当事者以外にまでその法律的効果をひろげ一般取引の安全に影響を及ぼすところ少くない制度であるから、その保全債権たり得るには破産手続とことなり、少くとも債権としての成立をみていなければならない。
前示一項の(一)認定の租税債務の指示納期が前示弁済行為ののちである三五年一月二八日であつたことは争いない事実であり、被告は右事実から本件弁済行為当時右租税債務は未成立で保全債権とはなり得ない旨主張して本件詐害行為を否定する。
しかしながら前示認定のとおり、
右租税債務は三二年八月八日から三三年三月三一日まで、および三三年四月一日から、三四年三月三一日までのいずれも弁済行為前の事業年度に関する法人税であつて、右事業年度の経過と同時に法律的には具体的に債務が発生しているものというべく、被告会社(債務者)が正確に所得金額を計算申告すればただちに数額も明細了知し得た筈である。ただ被告会社のなした所得額の隠蔽乃至誤算によつて原告、訴外会社間に数額確認の争いが生じ計数的な照合が定まらなかつただけに過ぎないこと、あたかも不法行為による損害賠償債務の発生と、その係争上の数額の確定とにおけると同断であつて、被告の主張は当を得ない。
前一項の(一)認定の範囲における過少申告加算税、利子税も同様、本件弁済行為時までの訴外会社の責に帰すべき事由により法人税法上当然に生じた債務であつて同じく保全債権の資格を有するものである。
ひるがえつて原告は本件詐害行為の保全債権として別表一、の(一)、明細の租税債務全額を主張する。そして前掲証拠によれば三七年一月三一日現在右主張の租税債務が存在し弁済終結時現在においても訴外会社の滞納額が右を下らないことが認められる。
しかしながら右滞納額のうち前示認定(別表二、の(一)明細)を越える部分は何れも本件認定の詐害行為時以後における訴外会社の納税遅滞という事由に基き発生した利子税、延滞加算税、滞納処分費などの債権であつて、一般債権の詐害行為後の遅延損害金の場合と同様、詐害行為時にはいまだ成立をみていない債権というべきである。
国税徴収法第一七八条による民法所定の詐害行為取消権の準用は、租税債権も一般税法上の債権と同等の地位、場に立つて租税債務者の一般財産をその取立の担保として保全できることを規定したものであつて、右取消による上において何ら租税債権の優先的乃至例外的な権能を認めたものではない。(かかる必要があれば租税徴収についての公法上の立法によらねばならない。)従つて租税債権がその発生原因において一般債権に対して有する特異性の如何にかかわらず、私法上の取消権による以上、詐害行為時における保全債権の成立を要件とすべきは当然の理である。
四、結論
そうすると、前示認定のとおり、本件詐害行為時における原告の保全債権は別表二、の(一)明細のとおりであり、その後訴外会社の一部本税収納によりその債権は別表二、の(二)明細の限度で存在していることが明らかであるから原告が本件請求において本件弁済行為の効力を否認して被告に対し利得返還を求めるのは別表二、の(二)明細の範囲すなわち主文第一項掲記の金額の限度であつて、その余の請求は失当である。
訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条を適用した。
(裁判官 舟本信光)
別表一
(一) 原告が詐害行為取消の基礎として主張する昭和三七年一月三一日現在の訴外会社租税債務<省略>
合計九八四、五三四円
(二) 原告の主張する昭和三四、一二月三〇日現在の訴外会社租税債務<省略>
(三) 右算出額の計算の根拠
(イ)加算税。(本税額に対する一〇〇分の五、千円末満切捨計算)
(ロ)利子税。(本税額に対し日歩三銭の割合で、法定納期限の翌日から計算したもの、千円末満切捨計算たゞし1については法人税法第四二条六項により法定納期限の翌日から一年を経過した日から更正通知をした日までの期間は控除して計算する。なお三七年四月一日より国税徴収法第六〇条による延滞税となる。)
1 期分 A、B、2 期分 A、B<省略>
別表二
(一)裁判所が認定する昭和三四年一二月三〇日現在の訴外会社租税債務<省略>
(注) 2については当初本税額三二四、〇二〇円であつたが、昭和三四年一二月三〇日現在八三一円が収納済となつたことは原告の自認するところなので(別表一、の(二)の(ロ)2期分A表参照)表の金額となる。
(二)裁判所が認定する本件詐害行為の保全債権たる訴外会社の租税債務<省略>
(注) 1の本税は詐害行為時四五三、七九〇円であるがその後一〇七、七六七円と収納済となつたことは原告の自認するところなので(別表一、の(三)の(ロ)、1期分A表参照)